作者:マーティ・ケーガン
翻訳者:インターンスタッフ(アーテリジェンス)

アップルに関する数少ない情報源を提供してくれるケン・コシエンダの著作の紹介

私が知っている中で、おそらくアップルは最も秘密主義的な会社でしょう。アップルが世界一市場価値の高い会社であることを考えると、彼らのビジネスを支えるプロダクトをどのように作り出すかがこれほど知られていないのは驚くべきことです。


そのため、ケン・コシエンダの新刊 『クリエイティブ・セレクション:スティーブ・ジョブズの黄金時代のアップルのデザインプロセスの内部』についてほとんどの人が聞いたことがないということに私はより大きな衝撃を受けました。


ちょうど私はこの本を読み終えて、プロダクト界隈で働く人全員に勧めたいと思いました。しかし、この本がエンジニアの視点から書かれていることは注意しましょう。ある意味、この本は一人のエンジニアが15年間アップルで働く中で、よくいる経験が少ないデベロッパーから、シニアエンジニア、そして最後はプリンシパルエンジニアへと成長していく話が描かれているものだからです。


ケン氏はアップルにいたほとんどの期間を、テックリードとして複数のプロダクト開発に貢献してきました。中でも最も重要な仕事として、初代iPhoneのキーボードの開発があります。この本では彼がプロトタイプとプロダクトの違いについて学び、その後協力することの重要性(特にデザイナーと)を学ぶのを追体験することができます。


「クリエイティブ・セレクション」から学べることと学べないこと

この本で何が学べるかを話す前に、まず何が学べないかを話しておきましょう。この本ではプロダクトロードマップやビジネスケース、プロダクトの機能を優先させたテクニック、さらには決められたものをプロダクトに要求するようなプロダクトマネジメントに関するコンセプトについては一切書かれていません。私が執筆した記事や本を読んでいれば、これに対して違和感は感じないでしょう。


今日、iPhoneはAppleに年間2,000億ドル以上をもたらします。そしてこれが、アップルが1兆ドル以上の価値のある会社だとされる大きな理由です。相当規格外の数字ですね。


このような数字を打ち出しているiPhoneですが、その最初の10年間の中心にあったのはいかに簡単に実際のキーボードがないデバイスで文字を打ち込むか、ということだったと言っても過言ではないでしょう。


この本ではいかに簡単にかつ効果的にタッチスクリーンで文字入力ができるかを発見するまでのプロセスを、テックリードの視点から見れます。今となっては全世界の人々が当たり前だと感じていることでしょうが、iPhone以前のデバイスがどのようなもので、どれほどリスクが高く難しいことであったかは想像に難くないでしょう。


プロダクトマネジメントの視点から読んでみることで得られる気づき

プロダクトの観点から見ると、明らかな技術的実行可能性のリスク、さらにユーザビリティのリスク、そして最も大きなリスクとして、プロダクト全体の価値がこのキーボードの機能が世に認められるかどうかにかかっていたというリスクが挙げられます。


ずっとチームで引っかかっていたのは以前開発された自社製品のNewtonが、当時としては素晴らしいデバイスだったと思い出す人もいるかもしれませんが、テキスト入力の良い解決策を提示できずに失敗したという経験です。


よって、この本では解決するのが難しい問題(純粋なタッチスクリーンデバイスでテキストを簡単かつ効果的に入力する方法を生み出す必要性)から始めて、ユーザーが気に入るようなソリューションを発掘するまでのプロセスが詳細に語られています。


あなたも読めばプロセスの中核にプロトタイプを実践するという考えがあり、これらのプロトタイプがいかに同僚やスティーブ・ジョブスを含めた経験豊富で理想の高いプロダクトリーダーにテストされたかということがわかるでしょう。


創造的選択において大切な定量的意思決定とヒューリスティックアプローチ

著者は、「創造的選択」という用語を導入し、それをアイデアがプロトタイプの反復(本当に何百回もの仮説検証を実践することを指す)により進化していくプロセスを説明するために使います。このプロセスは、様々な視点からのフィードバックにより継続的に正しい方向へと導いていくものです。


この本の私の好きな内容をもう一つ紹介しましょう。多くの人はアップルはプロダクトディスカバリーを全て定性的な作業で行っていると考えています。確かに定性的な作業が大部分を占めますが、難しい決断をする際には賢くデータを用いるということが、この本では明かされます。そして、その例として初代iPhoneのアイコンのサイズを決めたときのことが書かれています。


また、著者は理想的なレスポンスをユーザーから引き出す方法を導き出すために、アルゴリズムとヒューリスティックを組み合わせたアプローチをすることについて、より哲学的に考えています。

イノベーションを起こす最高のチームとは何か

少し前に、私が知っている最高のチームがどのように動いているかというのを要約した記事を書きました。そこでは、最高のチームが行う3つのことについて話しました:

・リスクへ最前線で挑戦すること

・協力して問題を解決すること

・アウトプットではなく結果を重視すること

これらがまさに最高のチームの動き方の3つの大きなテーマです。


さらに、これはもう一つ私がこちらで説明したエンジニアにより働きかけられたイノベーションの例として素晴らしいものです。


皆さんがこの本を読んでくれることを心から願っています。皆さんの中には、もっとプロダクトやデザイン視点で書かれているかと期待してた人たちがいるかもしれませんが、最後まで読み切って欲しいです。なぜなら、この本のミソは一番最後の箇所にあり、エンジニアの視点からの話を知ることも非常に有益であるからです。


この記事は、SPVG社 (Silicon Valley Product  Group、https://svpg.com/) の制作記事を、同社の許可を得て、アーテリジェンスのスタッフが無償で翻訳しています。本翻訳記事の無断での複製・転載を禁じます。